旅のお話
蕨手刀、時間旅行で蝦夷の魂にふれる
福島県国見町大字大木戸霞原
~ 国見町文化財センターあつかし歴史館
古代の中央政権・大和王権から見て日本列島の東方や北方などには、蝦夷(えみし、えびす)と呼ばれる人たちが住んでいました。
そして日本の歴史書である日本書紀と古事記は、第十二代景行天皇(九州の熊襲征伐と東日本への東征を行った日本武尊(やまとたけるのみこと)の父)に、
大臣の武内宿禰が次のように上奏したと伝えています。
『 東夷に日高見の国あり、人勇敢にして土地沃穣なり、撃って取る可し 』
朝廷に従わない東の地に「 日高見の国 」があります。
そこに住む人は勇敢で戦に強く、またそこの土地は肥沃で豊かです。
攻め入って我々の国に取り込むべきです、と。
さて、福島県国見町の国見町文化財センターあつかし歴史館には、8世紀後半に作られたとされる蕨手刀(わらびてとう)
が常設展示されています。
この蕨手刀は国見町の大木戸古墳群の一つ大木戸6号墳から出土したということです。
蕨手刀というのは、刀身と柄が一体となった、片刃の刀です。
柄と刀身は直線的ではなく角度が付いています。また日本刀のように刀身にソリがあるものもあります。
これは、大和王権に属する地域の古墳から出土する両刃の剣や長めの太刀とは異なる刀剣です。
東の地みちのくが「 日高見の国 」と呼ばれていたころ、武内宿禰の上奏から推測できるように、みちのくと中央政権の大和王権との間には軍事的政治的緊張が絶えなかったことでしょう。
そして蕨手刀は、当時の「 日高見の国 」勢力の権威の象徴だったのでしょう。
あつかし歴史館の蕨手刀の制作時期は8世紀後半・・・、
では、8世紀頃の大和王権の蝦夷政策をさらっと見ておきましょう。
709年(和銅2年)天皇:第四十三代 元明天皇、巨勢麻呂(こせのまろ)が征夷大将軍の起源となった陸奥鎮東将軍に任命された。
724年(神亀元年)天皇:第四十五代 聖武天皇、多賀城(今の宮城県多賀城市市川)が築かれる。
794年(延暦13年)天皇:第五十代 桓武天皇、桓武天皇が平安京に遷都する。
794年(延暦13年)天皇:第五十代 桓武天皇、大伴弟麻呂(おおとものおとまろ)が初代征夷大将軍に任命された。
797年(延暦16年)天皇:第五十代 桓武天皇、坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が征夷大将軍に任命される。
802年(延暦21年)天皇:第五十代 桓武天皇、大墓公阿弖利爲(たものきみ あてるい)と盤具公母禮(いわいのきみ もれ)が蝦夷の兵 500人余りを率いて坂上田村麻呂に降伏。
初代天皇の神武天皇の在位は紀元前 660年~紀元前 585年(75年間)とされています。
そして第十二代の景行天皇の在位は西暦 71年~ 130年(59年間)。
第十六代の仁徳天皇(在位期間 86年間)までの天皇の在位期間は長すぎる・・・、その通り、長すぎます。
しかしここでは、西暦 100年頃に決定した日本統一プランが、700年かかって第五十代桓武天皇の時代にやっと実現できた。
それほどまでに日高見の国は、中央政権・大和王権にとって手強い相手だったんだと、理解するべきだと思います。
西暦 802年に、大墓公阿弖利爲(たものきみ あてるい)と盤具公母禮(いわいのきみ もれ)は
坂上田村麻呂に降伏しました。
700年の間、その間には穏やかな時期もあったかもしれませんが、代々の蝦夷たちが戦い続けてきた末の結果だったのです。
坂上田村麻呂との戦いも5年におよび、蝦夷軍では田畑を耕すために戦場を離れなければならい兵士もいたことでしょう、強かった阿弖流為の軍も次第に戦力が落ちてしまったのかもしれません。
しかし阿弖流為たちの降伏は、もう後がないという状況ではなく、まだ余力を残しての選択だったと言われているようです。
残念なことに、阿弖流為と母禮の二人は都に連行されて処刑されてしまいました。
また阿弖流為と母禮の処刑を恨んで蝦夷が朝廷軍に戦いを挑むということもなかったそうです。
戦いに終止符を打った阿弖流為たちの降伏は、勇気ある決断だったと言えます。
戦いが終わり日本は「統一された国家」にさらに近づきました。
そしてそれは、当時の国際関係での日本の地位を安定させることになったと、私は考えています。
(中国大陸 7世紀:大国「唐」の成立、朝鮮半島 8世紀:「新羅」が半島を統一)
1200年の時間を経て輝きを失った蕨手刀、しかしまだまだ私たちに熱く語りかけてくる蕨手刀。
今回は、はるかな時間の旅を満喫させていただきました。
福島県国見町大木戸古墳群 「 大木戸6号墳出土の蕨手刀 」
出土した蕨手刀の刀身先端は欠けてしまっています。
サイズ:残存長 398mm、残存刃長 276mm、柄長 122mm、
元幅 38mm、棟厚 6mm、柄反り 13mm、絞り 31mm

令和6年に復元された蕨手刀
福島県国見町では、2024年度(令和 6年度)に、出土品の復元プロジェクトが実施され、蕨手刀も
何人もの研究者の方、刀匠の方々の手で復元されました。
そして復元された蕨手刀は、2025年8月から9月28日まで、あつかし歴史館で特別展示されていました。

令和7年10月 記
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