奥の細道 写真旅

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旅のお話

合戦場のしだれ桜

福島県二本松市東新殿字大林

二本松で合戦と言えば、150年くらい前の戊辰戦争でしょうか?
いいえ、もっともっと昔の合戦だったのです。
時間は千年近く遡ります。
西暦1051年から1062年の間の前九年の役、 これは、奥州の蝦夷・安倍頼時 VS 源頼義の戦い。

その戦いで、陸奥国亘理郡(現在の宮城県亘理郡亘理町)の国衙の役人だった藤原経清(ふじわらのつねきよ)は蝦夷の安倍軍に加わって 戦いました。
戦いには、源頼義が勝利し、安倍氏は滅亡、そして藤原経清も悲劇的な戦死をしてしまいますが、経清の子供は奥州平泉藤原氏の初代・藤原清衡となりました。

それには、こんな経緯があったのです
経清の妻(安倍頼時の娘)は、経清との間に生まれた子供の助命を条件に、源頼義に加勢した出羽の豪族の清原氏との再婚に応じました。
しかしその後、清原氏の跡目相続のトラブルがおこったのです。
そして今度は、清衡が源頼義の息子の義家の加勢を得て戦い、一気に奥州・出羽の覇者となった(後三年の役)という流れがあったのです。

藤原清衡はその後三代続く栄華を築いたのですが、この福島県二本松での安倍氏 VS 源氏の衝突は、奥州平泉栄華の絵巻物の、プロローグの一部だったのです。

二本松・合戦場のしだれ桜

二本松・合戦上のしだれ桜

蝦夷の実質的な勢力範囲は、想像していたよりもはるかに大きかったのだと、あらためて驚いています。
前九年・後三年の役で戦いがあったのは岩手県の一関・平泉・江刺・胆沢・・・そのあたりなんだろうと思っていましたが、 福島県二本松でも千年後にまで人々の記憶に残っている(語り継がれた)合戦があったわけです。

東北の覇権をめぐる巨大な勢力の衝突、それは一回だけではなかったのです。
第一回目、征夷大将軍 VS 阿弖流為(アテルイ)・母禮(モレ)の蝦夷軍
     (関連トピック: 蕨手刀、時間旅行で蝦夷の魂にふれる)
第二回目、前九年後三年の役、福島県二本松にも合戦跡
第三回目、源頼朝軍が大勝した阿津賀志山(福島県国見町)の戦い
     ( 関連トピック:鎌倉権五郎景政とは

大きな歴史の衝撃が残したエピソードを探して、また旅に出ようと思っています。

令和7年9月 記

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